「小さな生命のために」

  
ジェイソンは、誰にも見つからないように呼吸音にも注意を払って暗闇に身を屈めた。数秒後、歩調を合わせた兵士達の足音が彼の存在に気付くことなく通り過ぎると、ジェイソンはしばらく待ってから息を吐き出した。危ないところだった。
  
彼 は積み上げられた箱の陰から用心深く様子を窺い、誰もいないことを確認した。人の気配はない。彼は素早く、しかし静かにオープンスペースを駆け抜け た。彼の軍用靴は物音ひとつ立てなかった。彼は見張りの兵士が巡回する数秒前に角の暗がりへ飛び込んだ。無理な体勢であったために彼の足は痙攣を起こし始 めたが、物音を聞かれないように身動きひとつしなかった。
  
歯を食いしばり、唇を噛みしめてジェイソンは痙攣に耐え、心の中で呪文のように繰り返した。
「音を立てるな、音を立てるな、音を立てるな・・・・・・。」
  
兵士達が遠ざかるとすぐに、彼は体勢を戻し痛みが軽くなるまで足をさすった。休んでいる時間などない。急がなければ・・・・・・。
  
足 に体重をかけると顔を歪めるほどの痛みを感じたが、何が懸かっているのかを思い出し、彼は痛みを無視することにした。暗い色合いの軍用迷彩ズボンは 土埃にまみれ、シャツのボタンはふたつなくなっていた。証拠を消すためにはボタンを回収すべきだとわかってはいたが、彼には時間がなかった。今、計画を続 行しなければ手遅れになるのだ。
  
ジェイソンは足を引きずりながら建物の裏へ移動し、時計に目をやった。10秒前・・・・・・。
  
壁に背中を押しつけ、サイレンが鳴るのを待った。頭の中で計画の手順を確認した。サイレンが鳴る。警備兵達が建物を去る。2分後に交代の警備兵達が到着する。2分以内に全ての行動を終えねばならない。
  
3秒前、2秒前、1秒前。予定通りにサイレンが鳴り響いた。ジェイソンは10秒数えると慎重にドアをこじ開け建物に入った。警備兵達がフロントドアからちょうど出て行ったところだ。

  
この銃だけは、使うわけにはいかない。

  
必要な物が保管してある部屋のドアを素速く開けて駆け込み、包みを掴んで部屋の外へ出て元通りにドアを閉めた。これで警備兵達が包みの紛失に気付くまでの貴重な時間稼ぎになるはずだ。
  
ザッ と辺りを窺うと、最初の物陰まで走った。誰もいないことを確認し、また次の物陰まで駆け抜ける。人の気配を感じ、暗がりへ身を潜めた。警備兵達が 戻ってくる。彼の胸は酸素を求めて焼けるように熱くなっていたが、ジェイソンは敢えて息を弾ませなかった。警備兵達が通り過ぎると、最後の物陰へ走った。 そして建物の外へ出て林まで駆け抜けた。
  
ここまでは順調だ。だが、まだ安心することはできない。彼は包みを歯で咥えると木を揺らしながら登り、隣の木へ飛び移るために枝の間でバランスをとった。そして木から木へと飛び移っていった。地面に痕跡を残してはならないのだ。
  
そうやって何本かの木を飛び移り、慎重に地上へと降り立った。包みを噛みしめたまま、丘にある洞窟に辿り着くまで林から空き地、水溜まりを全速力で疾走した。
  
ここまで来ればもう安全だ。彼は地面に手をつき、激しい鼓動が落ち着くまで深く息を吸い込んだ。立ち上がると、彼の額からは汗が激しく流れた。包みを手に、洞窟の天井部分が高くなる場所まで1メートルほどゆっくりと歩を進めた。
  
熟知している入り組んだ坑道をいくつも通り抜け、丘の左側にある小さな横穴に辿り着いた。子供の隣に横たわり眠っている女性。ジェイソンが小さく咳をするとその女性はすぐに起き上がった。

  
お互いに何も言葉にしなかったが、彼女の潤んだ瞳がこう尋ねていた。
「うまくいったの?」
  
ジェイソンは彼女にゆっくりと近づき、誇らしげに包みを差し出した。ジェイソンににっこり微笑みかけると、女性は一気にその包みを開けた。包みの中に必要な物が入っていることを確認すると、彼女は眠っている子供を起こした。
  
ジェイソンは洞窟の壁にもたれて座り、生きるためにどうしても必要な薬を子供に与える愛する妻の姿を、愛おしげに微笑みながらみつめていた。
  
誰にも明日のことなどわからない。だが、ジェイソンはわかっていた。今日と同じ明日を神が授けて下さるであろうことを。たとえそれが法に背く行為であったとしても・・・・・・。

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