確かに見た。だが、彼女は自分の目を疑わずにはいられなかった。なぜならば、彼女の目にしたものが庭でサンドイッチの上を静かに行進している、緑色の洋服に身を包んだ小さな妖精だったからだ。

「そんなはずないわ」
  
小声で呟きながら、彼女は恐る恐るその妖精に近づいた。古い言い伝えが正しければ、彼女の願い事を叶えるただひとつの方法は妖精を捕まえて離さないこ とだ。裏口ではジョーイが文句を言い始め、下の子まで自分も見たいとぐずり始めたため、気配を悟られないように彼女は息を潜めた。その妖精は、振り返って 彼女を見つけるとすぐに逃げ出すに違いない。彼が振り返り始めると、彼女は固唾をのんだ。しかし、彼は肩をすくめ、アイルランド語でぶつぶつ言いながらサ ンドイッチの方へ戻っていった。

  
彼女は大きく息を吐き、またゆっくりと彼に忍び寄っていった。一歩・・・二歩・・・三歩・・・四歩目からは一気に駆け出し、前傾姿勢で飛びつくと妖精の襟を掴んだ。
「お前はいったい何を考えてこんなことをするんじゃ!」
  
憤慨する彼に、彼女は微笑みかけた。
「あなたはレプリコーンなの?」
  
彼女がそう尋ねると、彼はぶっきらぼうに答えた。
「ふん、イースターのうさぎじゃないことだけは確かじゃがね」
  
かがみ込んでサンドイッチを拾い上げながら彼は続けた。
「お前のせいでサンドイッチを落としてしまったわい」
  
文句を言いながらミミズとムカデを払い落として、サンドイッチを頬張った。

「願い事を叶えてくれるっていう言い伝えは本当なの?」
  
彼女に尋ねられ、妖精が振り返るとその頬はパンやいろんなもので膨らんでいた。
「他に何か食べるものはないのかね?」
  
彼が食べ物を飛ばしながら早口でまくし立てたため、彼女はそれを浴びることになってしまった。気持ち悪くて後ずさりながらも、彼女は妖精を離そうとはしなかった。妖精は口の中のものを飲み込むとまた話し始めた。

「いいかのう?お前はただ願い事を唱えればいいだけなのじゃよ。じゃが、お前はわしを怒らせてしもうた。こんな風に襟を掴まれたら、お前はどう思うのじゃね?」
  
彼のしょぼくれた姿を見つめながら微笑むと彼女は言った。
「やれるもんならやってごらんなさい!」
  
彼女は楽しげに笑ったが、妖精の襟から手を離した。
「ごめんなさい。言い伝えでは・・・・・・」
「言い伝えくらい知っとるわい!わしがその言い伝えを知らんとでも思っているのかい?」
  
妖精の隣に腰を下ろし、彼女は自分自身を恥じながら答えた。
「いいえ、知らないわけがないと思います」
「ついでだから言うとじゃな、こんな欲深い話があっていいと思っているのかい?お前たちは願い事を叶えるためにひどいことをしているとは思わんのかのう」
「そ・・・そんなつもりじゃなかったんだけど・・・・・・。」
  
彼女は認めるほかなかった。
「でも、これは欲深いとかじゃなくて、私は・・・・・・」
「当ててみせようかのう?どうせお前は友達や病気がちな母親のために願い事をしようと思うておるのじゃろ?」
  
彼はため息混じりで目をギョロつかせながら続けた。
「みんなそう言うのじゃよ。じゃが、わしはそれが欲深いと言うておるのじゃ。願い事は一度叶ってしまうと取り返しがつかんからそのつもりでな。ではお前の願い事を聞くとしようかのう。どうせ壺一杯の純金でも欲しいんじゃろう?」
「いいえ。確かにいい考えだけど、長い目で見ると純金では何も解決できないわ」
  
彼女がそう言うと、パイプの煙を吐き出しながら妖精は驚いたように眉を上げた。
  
ついさっきまでどこにもなかったパイプがどこから出てきたのか不思議だったが、彼女は続けた。
「私が考えていたのはもっと現実的なことだったのよ」

  
レプリコーンは彼女の言葉に興味をそそられ、芝生に腰を下ろした。過去に一度たりとも壺一杯の純金を断る人間に出会ったことがなかった彼は、彼女の話をもっと聞きたくなったのだ。

「いい?私たちは今、いわゆる不景気に直面しているでしょう?そこで・・・・・・」
  
彼女の顔の前で激しく手を振って言葉を遮った。
「つまりあれじゃな?お前はお金が欲しいんじゃな?わかっとったわい。結局人間はみんな同じなんじゃ!」
  
そう言って立ち上がり、歩き去ろうとする妖精の肩に手を置いて彼女は言った。
「いいえ。お金じゃないの。お金なら充分あるわ」
  
彼は振り返り、疑いの眼差しを彼女に向けながら訝しげに言った。
「お金は充分あるなんぞと言う人間に初めて会うたわ。どれだけあっても、もっと欲しがるのが人間の常じゃと思うておったわ」
「ああ、でもお金はあるのよ。大金持ちじゃないけど、私にはこれで充分なの。願い事はお金じゃなくて、私の植物が育つようにしてほしいの」
  
レプリコーンの目が大きく開いた。
「お前の・・・植物とな?なぜじゃ?」
  
彼は唖然としていた。
「えっと、植物がよく育つっていうことは、自給自足できるってことなの。そうすると、食べ物を買わずにすむわ。そして、もし余るくらいよく育ったら私の家族にも分けてあげられる。そしたら、食費を他の生活費に回すことができるようになるわ」

  
レプリコーンは座り直して彼女と向かい合った。
「それだけでいいのじゃな?自給自足できるようになればそれで充分じゃと言うのじゃな?」
  
彼女は頷いた。
「はい。それと、もしよければ私の家族たちにも同じことをしてもらえないかしら?」
  
レプリコーンは微笑みながら頷いた。
「決まりじゃな。他に何か願い事はあるかのう?」
「わあ!ありがとう!本当にどうもありがとう!」
  
彼女は幸せそうに叫ぶと立ち上がり、両親に電話で一部始終を話すために駆け出した。すると、レプリコーンはニヤッと笑った。今回もそうだった。人間は 願い事がひとつ叶うと、興奮して残ったふたつの願い事のことを忘れてしまいがちなのだ。彼は満面の笑みでウィンクすると、残りふたつの願い事を自分自身が 使うためにスキップしながらその場を去った。言い伝えによれば、残された願い事は妖精自身の楽しみのために使うことができるのだ。

  
彼のひとつめの願い事は、よく冷えたおいしいビールだった・・・・・・。

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