夕焼けが公園を焼いている中、オレンジ色に燃えるベンチにちょこんと雉虎模様の子猫が座っていた。綺麗な夕焼けのノスタルジックな魅力のせいか、ボクの目にはその子猫がうっとりと、そしてどこか寂しげに夕焼けを眺めているように映った。

 声をかけなくちゃ。なぜボクは雉虎に声をかけようと思ったのか、直感、啓示、衝動、色んな言葉を当てはめようとしたけど結局どれもしっくりこなかった。

「どうしたんだい?」

  とにかくボクは雉虎に話しかけた。一体どうして話しかけたのかも分からないまま。そして隣に腰を下ろした。雉虎は不思議そうにボクを見つめている。黒目が 大きくなった目で、穴が空くんじゃないかって思うくらい見つめている。そんなに見なくてもいいじゃないかとなんだか照れくさくなり、ボクは雉虎から視線を 外して地面に沈みつつある太陽を見た。オレンジ色の光と肌に当たる冷たい秋風の爽やかさが、ボクをさらにノスタルジックな気分にさせた。

「迷子になっちゃったんだ」

 か細い声が地面に落ちた。

  それはコロコロとビー玉のように地面を滑りボクの足元で止まると、チロチロと今にも真っ黒な土の中に消え入りそうな小さな火のオレンジ色に光った。そんな イメージを頭の中に浮かばせるような声だった。ボクはそのイメージから、どうやら雉虎は悲しさと寂しさで辛いんだということを読み取れた。いや、読み取れ たとは少し違うのかもしれない。それはボクの中にある悲しいという感情に針を突き刺すような、鋭いものだ。

  しかし、こうして鋭い痛みを感じ取れてもボクと雉虎の状況は変わらないし、こうしてただ座っているだけだと直に日が暮れてしまうんだろう。秋だと言っても 夜は息が白くなるくらい気温が下がる。暗くなり、気温が下がればきっと雉虎はもっと悲しくて寂しい気持ちになるんだろうなあと、地面に映っている雉虎の影 を見つめながら思った。

  そうこうしているうちに、地面に映っている影は徐々に地面へ吸収されていくように、輪郭を失っている。迷う必要があるのかい? ボクはボクに問いかけて、答えが返ってこないことを確認すると、腰掛けていたベンチから立ち上がる。オレンジ色の太陽は遠くの地面に半分以上体を沈めてい る。地面の影は目を凝らさなきゃ見えないくらいになっていた。急がないと。

「ボクが家まで送ってあげるよ」

 精一杯の笑顔を作った。きっとボクの笑顔で、少しだけだろうけど雉虎の悲しさと寂しさは薄れるだろう。ジーンズのお尻に付いた土埃を叩き落としながら、雉虎の前に立つ。

「ボクと一緒なら寒くないだろう?」

「でも、僕、自分のお家がどこにあるのか分からないよ?」

 不安そうにボクの顔を見上げる雉虎は、小さくて不安になる、守ってあげたくなるような、そんな気分にさせる。そんな気分からボクは雉虎の家を探そうと思い立ったわけじゃないけど、きっとそれは動機のひとつなんだろう。

「ボクと一緒に探そうよ。こう見えても、この辺の土地勘はあるほうなんだ」

「ホント?」

  雉虎の、少年特有の不思議な声が、潤んだ瞳が、ボクの母性本能を性欲のように湧きたてた。雉虎の母親猫のように、雉虎の毛づくろいをして、狩りをして、寒 さをしのぐために寄り添いあって眠る。そういった光景が僕の頭の中に浮かんで、雉虎を守らなきゃという感情を固めていく。

「ボクが嘘を吐いてどうなるっていうんだい。さあ、夜にならないうちに行こうよ」

「うん!」

 雉虎はベンチの上で一度大きく伸びをすると、ふわりとジャンプして地面に着地した。その不思議なジャンプはピエロを連想させる。無重力ジャンプ。ふわふわと歩く。縛られない歩き方。その姿は寂しそうだった。

 ボクは重力に縛られた歩き方で雉虎の後ろ姿を追った。この姿はどう見えるんだろう?

「きみが前を歩いてどうするっていうんだい」

 無重力の歩き方をする雉虎に声をかけた。ふわふわと歩いていた雉虎はふわっと立ち止まり、ボクのほうを振り返る。

「あ、そっか」

 照れくさそうに俯きながら、雉虎はボクの隣へ付いた。

「きみのお家の周りには何があるか、分かる?」

 それが分からないのと分かるのとでは、ボクの費やす労力は大きく違ってくる。紺色の綿がオレンジ色の空を包んでいく空を見上げながら、しばらく考え込んだ雉虎が出した答えは「分からない」だった。

 ボクは深く息を吸って、吐いた。どうやら彼のところに行かなくてはいけないようだ。だけど雉虎を連れていては色々と支障が出てくるだろう。けれどそれは仕方ないことだろうな。覚悟を決めなくちゃ。

「分からなくてごめんね……

 申し訳なさそうに呟く雉虎を撫でながら、ボクは彼に会う決心をした。空を飛ぶ飛行機の音がボクの背中を押した。

「大丈夫だよ、良い考えがあるんだ」

  早く行け、決心が解けないうちに。早く行け、決意が緩まないうちに。ゴオゴオと耳を叩く飛行機の音が、そう急かしているような気がした。分かってるよ飛行 機。長い白線を引きながら、飛行機はウインクをするように何度がライトを点滅させると、ぶ厚い紺色の雲の中に消えていった。

 

 

 

 

 

  公園から歩いて十五分の住宅街にある空き地にボクたちはやってきた。空き地には、置かれてかなり時間のたったような古い土管以外は何もなかった。空き地の 看板もない。しかし延び放題の雑草が空き地をジャングルのようにしている。住宅地の真ん中のジャングル。そのジャングルの真ん中には、主のように寝そべる 土管。

  空き地の周りには廃ビルが立っていて、その廃ビルの割れた窓ガラスが殺風景な空き地を不気味している。ジャングルと廃ビルと土管。まったく関係のない三つ が、異様な雰囲気を冷たい霧のように漂わせている。ボクはその冷たい霧を一息吸い込んで身震いをした。身震いが恐怖から来たのかは分からない。ここを訪れ るたびに、ボクはこの霧を吸い込んで身震いをする。そのときいつも思うのが、ここには何かいるんじゃないかってこと。その何かっていうのは、ボク自身分か らない。要するにボクは何も分からないんだ。

 土管が置かれ、草丈の高い雑草が敷き詰められて、廃ビルに隣接しているだけのこの空き地に、ボクの隣にちょこんと座っている雉虎は怯えているようだった。雉虎の尻尾が忙しくなく左右に振られている。

「怖い?」

「全然」

 返ってきた声は震えていた。ボクは思わずクスリと笑ってしまって、それを聞いた雉虎は大きな目でボクを睨んだ。

「そんなに怖がることないよ。ただ少し、怖いだけだから」

 それって結局怖いんじゃないか、という雉虎の泣き出しそうな呟きを聞き流して、ボクは大きく冷たい霧を吸った。

「ジャック! いるかい?」

  隣の廃ビルにボクの声が反響して、木霊した。ジャック、ジャック、ジャック。何度もジャックと呼ぶボクの声がする。もし寝ているところだったらジャックは 怒るだろうな。確か以前にそのようなことがあったはずだ。しかしボクはそれを上手く思い出すことができなかった。冷たい霧を吸って頭が朦朧としているから だろうか。いやそんなことはどうでもいい。今はとにかく、ジャックに会う。それだけを考えればいいんだ。

  土管のそばで黒い塊がのそりと動いた気がした。その瞬間、ボクの心臓は飛び跳ね全身の血液が洪水の川のように轟々と流れていく。脳が即座に視線を向けるよ う指示した。それに従い、ボクの目は指示された方向へ動く。その工程に数秒も費やさなかった。動いた気がしたその瞬間、ボクは目を向けたはずだった。だけ どそこには何もいない。草がざわざわと囁くような音を出して揺れているだけだ。気のせいだったんだろうか? いや気のせいだったんだ。冷たい霧が幻覚を見せているんだ。そう、気のせい、気のせいだ。

  視線を土管の上に戻す。横たわった土管の上に一匹の黒猫が座っているのが目に入った。普通の猫より一回り大きい体格だった。大きい両目は何らかの光を反射 してギラギラと輝いている。その鋭い眼光はボクを真っ直ぐ射抜いていた。ボクは冷たい霧を飲み込む。この黒猫は霧の見せる幻覚なんだろうか。

「嗅ぎ慣れない臭いがする」

 唸り声によく似た声がボクの鼓膜を振動させた。鼓膜に伝わった振動は電気信号に変換され、聴覚神経へと伝わっていく。そして脳へ、脳へ伝わった瞬間、ボクの体は熱く、火を当てられたかのように熱くなった。

 ハッとした。ボクはふらつく意識に喝を入れ、土管の上に座りボクたちを見下ろす黒猫に視線を向ける。左耳に三本の切れ込み、濡れたカラスのような綺麗な毛並み。ジャックだ。

「何の用だ」

 消防車の出すサイレンのような唸り声だった。ジャックの出す声は常に唸り声だ。ボクの隣にいる雉虎は、その唸り声に怯えているのか尻尾がツチノコみたいになっていた。

「この子の家、どの辺りか分からないかと思ってさ」

 雉虎をジャックの前に押し出した。雉虎は小さく、やめてよと呟いたけどボクはそれを無視した。

「知らない顔だ」

 さっと土管から飛び降りるジャック。雉虎の無重力ジャンプとは全く違ったジャンプだ。光のように素早く、目にも留まらない速さ。閃光ジャンプだ。

「臭いも知らない」

 近づき、臭いを嗅ぐジャックに、雉虎は気絶しそうに見えた。尻尾が大蛇のように太くなっていて、背中の毛は逆立っていた。けれど雉虎は逃げ出しも飛びかかりもしなかった。本能なのかな。

「お前らの中に、こいつの臭いに覚えがある奴はいるか」

 ジャックの唸り声が響いた。すると、ざわざわと草同士が擦れ合う音と共に何かが忍び寄る気配がボクたちを取り囲んだ。背中がゾクゾクとする冷たい気配。この空き地を包んでいる冷たい霧のような雰囲気とよく似ていた。

 忍び寄る気配は猫だった。たくさんの猫、猫、猫。ぶち、白、黒、三毛、茶虎。色んな猫が草の茂みから出てきて、雉虎の臭いを嗅いでいく。臭いを嗅いでいった猫は「知らねえなあ」「分からねえ」と口を揃えて言った。

 一体何匹の猫に臭いを嗅がれたのだろうか。全員の猫に臭いを嗅がれ終わる頃には、雉虎はもうすでに意識を失っているように見えた。

「雉虎、大丈夫? 起きてる?」

「何とかね」

 とても何とかなっているようには見えない。

「それでジャック、何か分かったかい?」

 震えが止まらない雉虎を尻目に、ジャックとその仲間の猫たちに話しかけた。

「さあな」

 ジャックは何か悩んでいる様子だった。何か答えが出るかもしれない。ボクはしつこく訊かないことにして、じっと答えを待った。

「青く長い箱のある場所の近くで似たような臭いを嗅いだことがある。自信はないがな」

 青く長い箱……一体それはどういう意味なのか、ボクはそれをジャックに訊ねようと思ったけど、ボクの言葉より先に、ジャックが言葉を続けた。

「それと小僧」

 ジャックが雉虎に向かって鋭い眼光を突き刺した。雉虎はビクリと体を飛び上がらせて、ボクの足にぴったりとくっ付いた。

「挨拶は早めにするのが礼儀だ」

「はい」

 弱々しく返事をする雉虎の姿は、見ていて落ち着けなかった。足元がそわそわする、例の、母性本能をくすぐられているのだろうか。

 閃光ジャンプをして、ジャックは土管の上に飛び上がった。雨が降る。そう一言吼えてジャックとその仲間の猫たちは光のようにパッと散って消えていった。閃光解散。

 

 

 

 

 雨が降るらしい。空を見上げると、濃紺の雲が星を覆い隠している。日はすっかり暮れていて、濃紺の雲の濃紺が果たして雨雲自身の色なのか、それとも夜が色付けたものなのか判別できなかった。

 青く長い箱が置かれている場所に、雉虎と同じ臭いがあるらしい。きっと雉虎の家はその近くなんだろう。けれど雉虎に青く長い箱について訊いても、分からないという答えが返ってきただけだった。やっぱり、ボクには何も分からない。

「寒いね」

 雉虎の白い息が黒いアスファルトに落ちた。

「日が落ちちゃったからね」

「怖かったね」

「そう言わないであげてよ。あれでもいい人なんだから」

 人、というか猫だけど。でもボクにとって、人も猫も同じだった。猫も人も人も猫も、性格もあれば地位もある。

「あのジャックって、この辺りのボス猫?」

「そうだよ」

「後で挨拶に行かなきゃ」

 やっぱり、人も猫も同じなんだ。挨拶もあれば礼儀もある。

「寒いね」

 今度はボクの白い息が黒いアスファルトに落ちた。静かだった。ボクたちの会話だけが住宅地の道路に響いていて、その虚しいような反響は、この世界にはボクと雉虎しか存在しない、そんな錯覚を起こさせる。

 けれどつまらない錯覚は、目の前に現れた光り輝くコンビニによって消えていった。

「ちょっと待ってて、傘を買ってくるよ」

 郵便ポストの隣にちょこんと座る雉虎の姿は、夕方に見せた姿を脳裏に浮かばせた。あの、ノスタルジックな姿だ。雉虎をコンビニの駐車場に残して入店した。

 やる気のないいらっしゃいませが耳障りだった。いらっしゃいませの主は茶髪の青年で、視線はボクを捉えているけど、意識はどこか遠くにいっているようだ。その店員を尻目に、レジのすぐ隣に置いてあったビニール傘を手に取った。

525円になります」

 この店員は人間なのだろうか。店員の無機質な声がボクのつまらない想像を膨らませていく。もしかしたらロボットなのかもしれない。ボクの知らないところで、店員ロボットが作られて、社会に実装されているのかもしれない。

「すみません。あの、青く長い箱で思いつくものって何かありますか?」

「何それ? なぞなぞか何か?」

 ボクのつまらなく、そして脆い想像は粉々に砕けた。店員はロボットではなく、いたって普通の人間だった。思考もすればおしゃべりもする。

「なぞなぞかどうかも分からないんですけど、とにかく思い浮かぶものありません?」

 財布から小銭を出しながら、ボクはロボット疑惑のあった店員に意見を訊いた。なぜ訊いたのか、それは分からない。ただなんとなくだ。

「そうだなあ……はい、お釣り75円」

 お釣りを受け取って財布にしまった。しばらく考え込んでいる店員を見て、早くもボクはすっかり消沈していた。きっとこの店員も、答えを知らないのだろう。青くて長い箱、なぞなぞというには漠然としすぎている。難しすぎるよジャック。

「バスかな。ほら、ここから少し行ったところに青い廃バスが置いてあるだろ」

「ああ、それかもしれないですね!」

  確かに、青い廃バスがある。青く長い箱、なぜかボクにはそれがバスだと確信できた。店員の言葉から確信できたというわけじゃない。店員の言葉はきっかけに なっただけで、そのきっかけがボクに確信させた。なぜだろう? なぜそのきっかけが確信へと変わったんだろう? きっと他に青く長い箱が置いてある場所なんてないからかもしれない。きっとそうだ。

「ありがとうございます」

 思わず深々と頭を下げてしまった。ハッと気付いて顔を上げると、店員が少し照れた様子で笑っていた。

「いや、俺さあ、こう見えてもなぞなぞとか得意だからよ」

 ボクは今までなぞなぞが得意そうな外見をした人を見たことがなかった。不得意そうな人も同じく見たことがない。

 

 

 

 

 雨が降っていた。大粒の雫がいくつも空から落ちてきて、右手に持っている傘を叩いていた。ばたばたと、軍隊が走っているような音が頭の上でずっと鳴っている。天皇陛下万歳。そのうちこのような掛け声が聞こえてきそうだ。

「苦しくないかい?」

 ジャケットの中にいる雉虎に声をかけた。ガタガタと寒そうに震えていたから、ボクは着ていたジャケットの隙間に入れて抱いてあげたのだ。

「大丈夫。それにとっても暖かいし、快適だよ」

 雉虎のふかふかした毛がおなかの辺りに当たって暖かかった。ごろごろと喉を鳴らす振動が、おなかにかかる重みが、まるで身ごもったような感じがして面白い。きっと赤ちゃんができるとこういう風なんだろう。

「実はね、ボク、おねえちゃんを探してて迷子になっちゃったんだ」

 眠そうな雉虎の声がジャケット越しに聞こえてきた。ボクは左手でジャケットの上から雉虎を撫でる。冷えた左手がジャケット越しからでも暖まるのを感じた。

「おねえちゃんはね、ボクを可愛がってくれてて。でも突然どこかに行っちゃったんだ」

「だから、探しに行ったの?」

「そう。でも見つからないし、迷子になっちゃうし。おねえちゃん、どこに行っちゃったんだろう」

  ジャケットの中で丸まる雉虎が、すうっと大きく息を吸うのを感じた。呼吸する音が聞こえたわけじゃない。体の動きでわかったわけじゃない。感覚で、雉虎が 息を吸ったのを感じた。その感覚はまるで、ボクと雉虎が一つになったような不思議な感覚。胸がぎゅっと掴まれたような感覚。

「でも実は、分かってたんだ。おねえちゃんはきっとどこにもいないんだ」

 そうだ、きっとこれは、おなかを伝わって雉虎の心がボクの心と繋がったんだ。この不思議な感覚は雉虎の心なんだ。

「分かってたんだけど、認めたくなかったんだ。どこにもいないなんて、嫌だよ」

「愛していたんだね、おねえちゃんを」

 返事はなかった。ボクは溢れてくる涙を雨と一緒にアスファルトに落として、青い廃バスが置いてある場所に向かって歩き続けた。

 

 

 

 

 

「あ! 知ってる臭いだ!」

 ぴょこんとジャケットの隙間から顔を出して、雉虎は飛び出した。降り続ける小雨を物ともせず、電信柱に向かって走り出していた。

「やっぱりそうだ!」

 電信柱に顔を擦り付けながら、嬉しそうに叫んだ。

「ここ、僕の家だよ!」

 その電信柱のすぐ近くにある一軒家に、雉虎は駆け出した。どうやらボクの役目はここまでらしい。

「ありがとう!」

 玄関にちょこんと座って、雉虎はそう言った。雨に濡れて、痩せたように細くなった雉虎の姿はどこか滑稽だった。ボクは笑いながら手を振った。

「ねえ、最後に訊いていいかな?」

「なんだい?」

「なんで、僕たち猫と話が出来るの?」

「それはね」

 左手の人差し指を突き出して、ボクは叫んだ。

「呪い!」

 人差し指の真ん中あたりに、指輪のように残っている傷跡。これは呪いなんだよ。心の中でそう呟きながら、ボクは帰路に着いた。

 呪いのおかげだね。雉虎の、おねえちゃんへの愛と同じように、これはきっときみからの愛だってことは、ずっと前から分かってたさ。だってボクはこのこと以外何も分かっていないからね。

 そっと傷跡にキスをした。

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