「竜が飛ぶ団地の風景」

 

 けい君が住んでいた市営団地には竜がいた。僕とけい君の秘密だった。屋上でひっそり飼っていた。竜の名前はロバートだった。目が青くて、小学校で英語を教えていたカナダ出身の先生を思い出したからだ。

 ロバートはあまり食べなかった。霞(かすみ)を食べるのは竜だったろうか、とにかく僕たちが給食の残りのパンを持って行ってもあまり食べなかったので、やがて餌やりなんかは週に二、三回ほどに減っていた。

 

  三年生の夏、屋上の落下防止の柵に絡まったロバートを見つけた時は少し太い縄跳びの紐みたいだった。でもけい君と一緒のクラスの五年生になった時、もうそ れは願い事をかなえてくれそうな雰囲気をまとった立派な竜だった。教室の端から端まで届きそうな長さのロバートは飛び立ちたくてうずうずしてるようだっ た。

 

  冬休みの日だった。僕はけい君の家に遊びに行ったのだけど、家族で里帰りしているのだろうか、家には誰もいなかった。しょうがないから一人で鉄の扉を乗り 越えて屋上に行った。そこには男の中学生が四人いて、竜に向かってカメラを向けていた。僕は怖かった。けい君に後でなんて言えばいいのかわからなかった し、中学生がカメラをどこかテレビ局とかに持って行って全国に知られた時、僕が竜を育てていたとお父さんとお母さんにもバレてしまって何か色々と聞かれた り言われたりするだろうというのがとにかく怖かった。

 

 中学生は僕の姿を見ると、どっか行けよかなんか言って僕を追い出そうとした。僕の竜だ僕の物だと怒鳴りたかったけど、体の大きな四人は足が震えるほど怖かった。それでも見てしまった以上、ここから逃げるのはよくないと思った。ロバートは青い柔和な瞳で僕を捉えていた。

 

 「ロバート!」僕が名前を呼ぶと、中学生たちは一斉に笑った。「これロバートっちゅうんか」「外国人みてぇな名前やな」恥ずかしくて顔が熱くなった。やっぱり竜なんて放っておけばよかったんだと思った。

 

 

 

 

 けい君は里帰りしていたのではなく、どうやら夜逃げというのをやっていたらしい。後で知ったことだ。僕は中学生になって陸上部に入ると、背がどんどん高くなって筋肉もめきめきついた。

 

  けい君がいなくなった団地の屋上に行くと、煙草を吸いながらたむろしている四人の高校生がいた。僕はすぐにあの日ロバートと僕をからかった奴らだとわかっ た。そいつらを痛めつけて屋上から追い出すと、僕は意外と狭く感じる屋上の真ん中で曇り空の団地を見まわした。棟と棟の間をゆらゆらと竜が飛んでいるのが 見えたが、どう見てもアロアナくらいにしか見えない小さな竜だった。

 

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