ダイブアダイブ

    3

 

 ――あなたは《ユーレイ》とか《死後の世界》って、信じてますか?
 と、少女は訊いてきた。
「いいや、信じてないね。非科学的だよ、そんなの」
 ――そう。なら――なら、いいの。ありがとう。
 少女の顔は、悲しみに満ちていた。
 ぐちゃぐちゃに、崩れていく。清楚で可憐な少女の顔が、圧倒的な不の感情で、破壊的に、壊滅的に、歪む。歪な笑み。私はそれを見て、何とも言えない気分に――
 私はそこで気を失った。
「夢――?」
 嫌に現実味のある夢だった。
 悲しい、夢だった。

 

    5

 

「私のこと、愛してる?」
……ああ、うんとね」
 自慢の彼、小野賢一。茶色に染めてある長髪。耳に三つ、おへそに二つ、舌に一つのピアス。身長176センチ、体重66キロ。血液型はAB型。誕生日は5月3日。好きなものは私、嫌いなものは私以外。つまりバカップル。
 付き合うようになったきっかけは、高一の秋。
 放課後、図書室にいた彼に(どうやら図書委員らしい)、
「あなたのことがずーっと好きでした。付き合ってください」
 好意を抱き始めたのは春、入学直後、一目惚れ。
 当時はケンイチも真面目だった。決断までに三日もかかった。
……こちらこそ」
 放課後、やはり図書室で返事をくれた。
 やはりまだ幼かったあの頃。恥ずかしくって、ろくに手もつなげなかったっけ。

 

 付き合い始めて三ヶ月。何もしていない、プラトニックな関係。
  あの日、ようやくキスをした。夜の公園。カップルが跋扈し、各々いちゃついている。明らかに公衆の面前でするべきでないことをしている者もいたが、この 近辺では不問。まぁ、私は「ホテル行け」 と思うけれど。かくいうケンイチは、まるでそれこそ神話に出てくるメデューサに睨まれて石化したかの如く、固まっていた。主導権は私だ。リードしてあげな きゃ。
「ねぇ、ケンイチ」
 少し胸元をはだけさせて(彼はうつむいた)、誘惑する。
……ん?」
「ホラ……
 と言って、私は目を瞑る。
「ん……
 瞬間、甘い吐息が私の中に流れ込んでくる。熱くて濃厚で、とろけそうな――快感。快楽。悦楽。愉悦。気持ちいい。そして、彼からの抱擁。快感を体いっぱいに感じていた時、私の舌が彼の舌に触れているのに気付いた。
「ん……!」
  ごめん、ケンイチ。あなたは初キスかも知れないけど、私は幾度となく経験してきたんだ。青春って、残酷。ケンイチは、やはり初めてなのだろう、足下がお ぼつかないどころか、体全体が揺れている。それが快感から来るものなのか、恐怖の感情なのかは分からないし、知りたくもない。勿論今更訊くわけにもいかな い。恥ずかしい。過去の男との口づけと、彼とのそれを比較していた頃、彼は「限界」と言わんばかりに悶えていた。正直、そんな乙女な反応が来るとは予想だ にしなかった。
 初キス――そ れもそうだろう。はっきり言って、ケンイチはもてそうもない。しかし、確実に《今》はもてている。そんなダイヤの原石を見つけたのが私、茅 原綾。もてもて、ってわけではないけど、高校一年生にしては、結構経験してきた方なんじゃないかと自覚している。彼は暗いタイプだった。図書委員だし、 「人と係わるのが嫌」というタイプなのかな。図書委員への批判ではなく。まぁ、暗いと言っては語弊があるかもしれない。そうだな――、目立たない、と言う 表現が適切だろうか。社会の紛争から逃れ、荒波には乗らず、喧しい下界との交流を断つ。平々凡々(私が嫌うものの一つだ)な生活。指定の制服を乱すわけで もなく、髪を染めたりせず、ちゃんと授業も眠らず聞いている。――優 等生かと訊かれると、安易に首を縦には振れないのだが、兎に角、《いい子》ではあっ た。それがどうだろう、ほんの少しのイメチェンだけで、こんなにイメージが変わるなんて。もしかすると、中学時代は不良だったのかもしれない。高校デ ビューでおとなしく、という算段だろうか。まぁ、そんなくだらない(少なくとも、今後の私の人生と何らかの接点を持たないお涙頂戴与太話)エピソードには 興味がないのでどうだっていい。今があり、彼がいる。それだけで十分満足している。それ以上、何を望む?
  高校デビューだったとしても、元からしおらしかったのだとしても(余計な詮索は嫌いなので、出身中学校が同じ生徒に訊く、等といった野暮なことはしな い)、頑張ったのは彼で、実りを出したのも彼。なら、いいじゃないか。少しくらい羽目を外したって、外させたって。ちょっと髪に色を入れて、眼鏡をコンタ クトにして、制服を程々にだらしなくして、ピアスの一つでも付けたら、ホラ、私のタイプに早変わり。初めは《これ》目的だったが、付き合っていく内に(今 までの彼と違って、純粋な愛だった)彼の良さが分かってきた。立場が逆転した。虜にしたのではない。虜にされたのだ。しかし、経験はものを言う。ここでの 主導権は、飽くまで私。
 乙女な反応……初い……などと考えていたら、急にケンイチの方から抱きついてきた――
 段々――
 彼の――
 ペースに――

 

 その夜、結局そういった関係を結ぶことはなかった。依然変わらすプラトニック。純情。彼から何かするわけでもなく、勿論私も手を出さなかった。
 休日は、決まってデートをした。水族館、遊園地、映画館、ショッピング――
 彼の部屋へ行っても、《それ》は起こらなかった。彼の魅力だろうか。エッチ目的で近づいた私が馬鹿のように思えてくるし、事実馬鹿だ。
「私……やっぱり駄目だよ。自信、持てないよ」
「大丈夫、そんなことないよ。自信を持って。綾は輝いている。綾は美しい。そして何より、

 

 綾はいつだって――僕の一番だ」

 

 多分誰もが《落ちる》だろう台詞を聞いても、《その気》にはならなかった。
 濃厚なキス。前に訊いた時は、女性経験0だと言っていた(彼の部屋にはエロ本が置いてあった。《あっち》ではないようだ)。因みに、私の経験人数を言ったら、軽く引かれた。軽く――思いっ切り距離を置かれたけど。技術の向上――《私の愛》。そう考えると、うれしかった。
 そんな楽しい日が、永遠に続くんだと思っていた。

 

    7

 

「あなたは《ユーレイ》とか《死後の世界》って、信じてますか?」

 

    11

 

 目が覚めるとベッドの上にいた。
「夢――? 夢……か」
 自虐気味にそう呟きながら、朝食(トースト)を租借する。
 その時点で、すでに違和感には気付いていた。
 血液型占いを見ながら(人類が、たった四つに分類できるとは考えていないので信じてはいない。見ているだけで、理解はしていない)着替える。出社。
 孤独。
 月曜だからか、僕はすごく孤独を感じていた。悲しい気持ち。
 会社で一人、浮いていた。
 誰にもその存在を気付かれない。
 孤独。絶望。
 何をしていても、全く気付かれなかった。勿論業務はこなしていたが。
 昼食を取っている時も、孤独だった。
 気付かれていないどころか、元から存在していなかったかのように。
「家に帰りたいよ。疲れた。眠たい」
 そう思うと――ベッドの上にいた。
 自宅。
 超能力でも使えるようになったのか?
 便利な能力だ。
 そして――また、違和感に襲われる。
 ――ココジャナイダロ。
 ――オマエノイバショハ。
 何かが僕に語りかけてきているかのような。
 僕の独り言のような。
 不思議な感覚。
 存在を気付かれなかったあの時と同じ――
 恐怖。
 何故誰にも《気付かれない》んだ――
「もしかして――
 可能性はある。
 まさか、あの時――

 

    13

 

 高校二年生の夏。
 青春だった。
 私を魅了してくれる彼氏。
 心地良い。
 これが本来あるべき場所、なのかな。
 夏。夏といえば海。
 ということで、私はケンイチと海に来ていた。
 ケンイチは、海は《小学校の時以来》だそうだ。
 私が男をとっかえひっかえして真っ黒に焼けたのは去年の話。
 今年は相手がケンイチだからだろうか、水着が挑戦的だ。露出しすぎだと、私も思う。
「泳ごう」
 ケンイチは、全く泳げなかった。
 浮かなかった。
 ケンイチの周りだけ、重力が変わっているのかと思うくらい。ラング・ラングラー? いや、逆だ。
「7歳か、8歳の頃が最後だったと思う」
 そうか――、ケンイチも、私と似たような境遇なのか。
 取り敢えず、浮き輪を貸してもらって、二人でぷかぷか浮いていた(最初は私だけ泳いでいたのだが、ケンイチが恥ずかしがっているし、やはりナンパされていたので、二人で)。
 ケンイチは、とにかくもてた。
 私がいても、5回はナンパされていた。
 席を立っているときは、もっとナンパされていただろう。
 それだけ魅力的な人と付き合っているんだ、そう思うと、少し心が晴れた。
 特にいちゃいちゃせず(水をかけると、本気で泣きそうになった)、平々凡々に、海の家で焼きそばを食べた。やっぱり美味しかった。
「何で海で食べる焼きそばって美味しいんだろうね」
「所詮、無いものねだりなんだよ、人間って」
 後になって気付く。
 この会話が、洒落にならない冗句になっていたと。
「海が駄目なら、山ならいいの?」
 と私が訊くと、彼は恥ずかしそうに
「全部駄目駄目。インドア派なんだ。あ、BBQなら、少しは出来るよ」
「じゃあ、今度BBQしよっか! 友達呼ぶね!」
 ――無いものねだり。
 確かに、そうだったのかもしれない。
 私たちの日常が、侵食されていく。

 

 朝イチから海にいた私たちは、午後5時、帰ることにした。
 ケンイチの家で花火をする予定だ。

 

「無いものねだり、か――

 

    17

 

「だから、あなたも……
 鋭利なナイフが、僕の心臓を抉り取る。
 血が……
 ちが……
 ちが。

    19

 

「まさか……
 おいおい、だったら――だったら僕は、《あの時点》で、既に――
「馬鹿な……
《それ》は、自覚した瞬間から始まった。
 苦しい道。
 死にたい。
 否、《死にたい》ではなく――
《あの時》、既に死んでいた。
 幽霊、ってわけだ。
 死後の世界、ってやつだ。
 勿論、信じてなかった。
 しかし、信じていなかったからといって、それが無いわけではない。
《一足す一は二》を信じていなかったとしても、確実に《一足す一は二》という式は存在する。
 自覚するのか、自覚しないのか。
 視覚的に《それ》が存在しなかったとしても、実際はあるわけで、そして今、僕は《それ》を見ている。
「悪夢だ……。醒めろ……醒めてくれ……
 いったい、誰が《成仏》なんて安息を考え出したんだ。畜生。――畜生以下じゃねえか。
 ――死ねないんだ。
 永遠の苦しみ。
 だからこそ、人は死を恐れる。
 死ぬことではなく、消えることを恐れる。――そんなわけ、ない。消えないんだ。消えないからこそ地獄。
 例え致命傷のダメージを負おうと、死なない。
 痛覚はある。寧ろ、冴え渡っているくらいだ。

 

 暗闇で、少女に質問された《夢》。夢ではない。あれが、現実。そして、これも現実。
 質問された後、僕は少女に殺された。
 怨念。
 誰でもよかったのだろう、運悪く、僕が夜中に出歩いていたというだけで、殺された。
 理由は分からない。
 誰も、殺人者の気持ちなんて理解できない。
「信じてないの? ありがとう。じゃあ」
 高く振りかざされたナイフ――
「じゃあ、死んで」
 と、少女は真顔で言う。平気で、澄ました顔で。無表情。怒っても、泣いても、笑ってもいない。淡々と、まるで呼吸でもするかのように。生活の一部と言わんばかりに。慣れたのだろうか、殺人の感覚に。
 ナイフが――心臓に突き刺さる。
「がっは……ぁっ……
「赤って、綺麗。赤って、素敵。惚れ惚れしちゃぁう」
 僕の体には、こんなにも血が流れていたんだろうか。
 傷口から、口から、新たに刺された傷から。
「うふふぅ……、美しい。美しい。美しい! あはは、あはは。死んで。綺麗だから。素敵だから。人の死に、意味なんて存在しない。0と0、無になるだけ。人一人が死んでも、動かない、何も動かない。世界は何も変わらない。だから、オジサン、死んで」
 そう言いながらも、少女は僕を滅多刺しにしていく。
 怨恨なんて生易しいものではない。
 衝動――
 単なる、破壊衝動。
 壊したい、つまり壊したいから壊す。
「血が……! 肉が……! 真っ赤! 綺麗な赤! あははっ」
 そこで、意識を失う。
 両眼には、狂おしいほどに狂い、狂喜する彼女を見据えて。

 

 気が付くと、僕はベッドの上にいた。
 理屈は分からないが、《自覚》するまでは普通の生活を送らなければいけないのだろう。
 そして声が聞こえる。
 それが《自覚》なのだろうか、殺害現場へ出向く。
 ――僕を見る。
 否、僕とは誰にも分からないだろう。
 肉片。ただの肉片。
 意味をなさない。人としての、意味が無い。
 どの時点で《自覚》と考えるのかは分からないが、この時点で視覚的には自分の死を《自覚》した。
 人通りが少ないからだろうか、誰にも――少女は別だが――振れられてないようだ。
 家に帰ろうとすると、《制約》が僕を襲った。
 生活が不便になった。
 空腹感があるが、何も食べれない。
 眠たいのに、眠れない。
 全ての欲が解消されない。
 死にたい――それすらも、不可能だった。
 車に撥ねられてみた。死ねない。しかし、痛覚はある。痛い。痛いなんて言葉では表せないほど、痛い。全てを超越する痛み。
 そうか、先人がいたのか。
 町を歩いていると、自分以外の《死人》に出会った。
 彼らもまた、僕と同じ《制約》に苦しめられている。
 死ねない《永遠》。
 終わらない苦しみ。
 いつまでこんなことをしなければいけないんだ? 地球の寿命が来るまで? 否、寿命が来ても、だろう。宇宙空間で、苦しみを味わうんだろう。なんとなく、そんなことが分かった。
 誰が《輪廻転生》なんて唱えたんだ。嘘だ、あんなもの。死後の世界は、こんなにも辛い。

 

    23

 

「ケンイチも、アイス、食べる?」
 いやらしく、挑発的にアイスを食べる私。
《花火が終わったら、私のも》というアピールだったが、やはり引かれた。親父臭かったかな。
 楽しかった海水浴。
 花火を買った帰り道。
 後はバス停に向かうだけ。
「今日は泊まってもいいー?」
「あ……ああ、いいよ」
「すっごーい、日焼けしてるねぇ!」
「海って楽しいなぁ」
「また来ようね! 私も楽しかったよ!」
 平和な時を刻んでいた。
 もうすぐ終わることなんて露知らず。
 彼といると、何をしても楽しかった。今までの彼とは違う感覚。心から安らげる。
 どうせ今までの男のように、数日で関係が終わるんだと思っていた。でも、それは違った。一番長く続いている。
 そんなことを言うキャラじゃないのに、何だかロマンチックに、《結婚したい》とか思っちゃう。
 所詮高校生、所詮遊びなのに。
 彼の何が良かったんだろう?
 特にスポーツが出来るわけでも、勉強が出来るわけでも、芸術家だったりはせず、《魅力的》って思える部分は見当たらない。そこ、なんだろうか? 何も出来ないからこそのやさしさ? それに惚れたのかな。彼に惹かれる部分。誰よりも、何よりも、私を愛してくれた。
「ありがとう……
「え? 何か言った?」
「うっ……ううん、何も言ってんだから! 気にしないで!」
 心から《ありがとう》と言えた(ツンデレ交じりで)。
 愛しい。
 いとおしい。
 狂おしい。
 苦しい。
 切ない。
 ――楽しい。
 ケンイチは、魅力的だった。
 今まで付き合った誰よりも、今まで会った誰よりも、今までに見た何よりも、存在する全てより――
 私の体の一部。
 かけがえのない、部品。
「愛してるよ」
……、僕も」
 キスをした。愛を深めた。私は、今なら世界が終わっていいなって思った。うれしかった。彼を愛した。彼に愛された。
 いつものように、愛がこもった、気持ちのいいキスだった。
 森の中。行為には及ばなかった。ケンイチの家までおあずけだ。
 私はふと思った。
 この世から――ケンイチがいなくなったら、どうなるんだろう。
 私は――どうするんだろう。
 刹那のように長く、永遠のように短いキスを終えて、私はケンイチに言う。
「この世界がどうなろうと、私は知ったこっちゃない。人類の行く末なんて興味ない。ただ、ただ――ケンイチが私のそばにいてくれたら、私はそれだけで十分」
 ケンイチに抱きついた。ぬくもり。心臓の音が聞こえる。
「ケンイチ――愛してる」
「綾……」心臓の鼓動が早くなる。「――僕も」
「バス停、行こっか」
……うん」
 確か十分くらい歩いたところにバス停があったはずだ。
 そんなことを考えていると――
 ケンイチがタックルしてきた。
「何やって――
 ああ……これが走馬灯……? スローに見える。
 トラックがこっちに向かって来ている。
 だからケンイチはぶつかってきたの? 私を助けるため?
 ケンイチが何か言っている。
――……  や」
 聞こえないよ。喋ってないの? 分からない。感覚がおかしい。
「   き…………あ ―― や」
 聞こえないよ。いかないで。さよならなんてしたくないよ。
 わたしはけんいちのことがだいすきなんだよ? おわかれなんてしたくないよ。
 ケンイチが倒れる。それと同時にトラックが走り去る。
 ケンイチが死ぬ。トラック。私。ケンイチ。命。死。殺人。終わり。でも。
 走馬灯? 思い出せないよ。ケンイチとの思い出以外、思い出せないよ。
「綾………………
 ケンイチが呟いた。
 今度は聞こえた。
 だから、返事をした。
――――ケンイチ」
 今にも消えそうな、か弱いか細い軟弱な脆弱な私の声。
 ケンイチには届かない。
 つい数分前に交わした会話を反復する。
「《ケンイチ――愛してる》」
 そこに、《――僕も》と返してくれる人は、どこにもいなかった。
「うわぁぁあああっ……うっああぁ……うわあああん……
 泣いた。
 死んでしまいそうな、消えてしまいそうな――
「ああん……うわあぁん……あああぁ……ぁうぁあ」
 返事をしたけど、帰ってこなかった。
 私はケンイチを抱いていた。
 包む。
 崩れる。
 人の死なんて、
 こんなに簡単に訪れるんだ。
 人なんて、
 無力だ。
 ケンイチが――消えた。

 

    27

 

 ――だから、あなたも……
 ――死んで。

 

    29

 

 9月2日。
 快晴。
 23時35分。

 

 ――人殺しには、最適。

 

 30代後半といったところだろうか、あの男。
「ねぇ、あなたは《ユーレイ》とか《死後の世界》って、信じてますか?」
「いいや、信じてないね。非科学的だよ、そんなの」
「信じてないの?」
「そんなもの、いるわけないね。死なんて概念すら馬鹿馬鹿しい。人は無になるんだ。死んで、消えて、終わり」
「そう。ありがとう。――じゃあ、死んで」
 そんな会話をして、鞄に入れてあったナイフを取り出す。
――――!」
 殺してやる。
 この男を。
 今までの奴らと同じにしてやる。
 殺してやる。
 ――ケンイチと同じように。
 殺したい。
 殺したい。
 壊したい。
「ばいばい」
 11人目。
 12回目のさよなら。
 こんなことをしていても、ケンイチは戻ってこない。
 分かってる。
 分かってる。
 分かってる。
 分かってる?

 

inserted by FC2 system