ユニホーム少女

 僕とあいつ、二人の出会い。
 偶像であり偶然であり。
 妄想であり妄言であり。
 虚言であり虚構であり。
 想像であり創造であり。
 ありふれた奇跡。
 ありえない現実。
 恋でなく愛でなく。
 虚でなく実でなく。
 真でなく偽でなく。
 嘘でなく嘘で泣く。
 歌で唄で詩で謳って。
 実に真に誠に撒こう。

 

 この事実に、目撃者はいない。
 この事象に、目撃者はいらない。
 冬から春に掛けて夏が駆ける季節。
 当事者だけが存在し、そこに観測は必要ない。
 傍観はいらず。
 共感はいらず。
 そして――冬の、寒い日。

 

 僕とあいつと、二人の出会い。
 一つのチョコと一つの会話からそれは始まった。
 これは誰にも止められない。
 僕はあいつに求められる。

 

 そんな、佐渡川由仁歩と寺ノ宮窮屈のお話。

 

 あいつと僕の体験。
 僕とあいつの思い出。
 これは誰の物語かと訊かれたら、それは僕たち二人の物語である。
 故に、人はいらない。
 常に二人、共に歩む。
 三人称が必要ない世界。
 これは僕とあいつの。
 世界。

 

 佐渡川由仁歩――あいつは人生にブレーキを掛けた。
 寺ノ宮窮屈――僕は人生に保険を掛けた。
 二人は――人生に迷惑を掛けた。
 一人は枷を作った。
 一人は壁を作った。
 二人で愛を作った。

 

 ――さて、こんな冗長な冗談はやめて。




咬ませ犬

 

  黒を基調とした紺のブレザーに、緑が混じったパンツ。左胸には白泉の校章が躍っている。ブレザーの下、カッターシャツの左胸には校章が直接縫われてい る。ベルトも指定のそれで、やはり校章があしらわれたデザインだ。因みに今年度一年生のカラーは赤色であり、校章や上履き、その他学校用品は全て赤が基調 とされたデザインである。僕が一番驚いたのは、その各学年イメージカラーが制服にまで採用されているということだ。男子ならパンツ、女子ならスカートの横 のラインが各学年のイメージカラーらしい。別段気にならないし、それに他の学年と接触する機会はそうない、これが事実か否か、僕は知らない。女子のスカー トの長さも七面倒臭く決まっているそうだが、しかし普段の生活を見ていると、およそ守っていない者もそう少なくはないだろう。僕の通っている、この白泉高 校は私立で、隣には中東部の校舎――外見は高等部より綺麗だが、やはり僕は内面は知らない――が 建っている。中等部と高等部では件のカラーが違うらしい。 参考までに高等部のそれをあげると、現一年生は赤、現二年生は緑、現三年生は青である。中東部のカラーには紫があるとか、ないとか。まあ、何にせよ高等部 よりダサくなることは請け合いだ。しかし、黄色の上履きというのも、中々興味深い。
  私立白泉学園高校では、男子はネクタイ、女子はリボンの着用が義務付けられている。ネクタイは将来の為と謳われているが、しかしクリップで留めるだけの 簡易式のそれで果たして練習になるのか、些か不安になってしまう。女子のリボンというところに何かしらのこだわりを感じてしまうが、それは気のせいだろ う。普通スカーフとかじゃないのか? ネクタイに差分がないにもかかわらずリボンは学年で色が指定されているところ、やはり裏では萌え的な思惑があったの ではないかと、ふと思ってしまう。
 制服の話から急に飛んでしまい至 極恐縮だが、佐渡川由仁歩は病弱だった。別に有名人というわけではないが、記憶に残る人物だ。病弱。だからマスクを着け ている。顔の下半分が隠れるマスク。いつも口癖のように咳き込んでいた。スカートが全く改造されておらず、もしや指定以上のではないかと思わせるほどの長 さだ。病弱だからといって虐められることもなく、そして持て囃されることもない適当なポジション。だけなら、僕はあいつに興味を持たなかった。
 端的に言うと、僕とあいつは幼馴染だ。
  小学校の頃から、あいつはマスクを着けていた。年を重ねるごとに病状は悪化していったようだ。幼馴染で家が近いといっても、そうお互いを把握しているわ けではない。今のように「ゴホ、ゴホ」という音が頻繁に聞こえてくるようになったのは中学二年生の時だったと記憶している。なんとなく「大変そうだなー。 頑張れー」と思った記憶があるような。
 高校に入ってから一年半、全くと言っていいほど会話はなかった。嫌われているというわけではないようなのは素振りを見れば、自意識過剰かもしれないが、 なんとなく分かる。事実、中学生の頃はよく話していた――が、しかし決して仲がいいというわけではなく、あいつは誰に対してもそんな奴だった。
  少し茶色の入った黒髪は、いつもピンクの汚いヘアゴムで留められている。女子のお洒落といえば髪型くらいしかなさそうだが、あいつはそういうところには 気を使わなかった。下の方で結ばれた長髪。小学生時代には短髪だったような気もするが、誰だってその頃の記憶なんてもやがかかったようなものだ、あまり思 い出せない。
 僕が自身のブログに、通っている高校と佐渡川由仁歩の 説明をしたら、以上のようになるだろう。とまあ、高校生的なことを考えてみたものの、しかし僕は創 作された一人のキャラクタである、二次元の存在が二次元を語るなど、ちゃんちゃら可笑しい。これが小説であることは盲目でない限り分かり切ったことであ る。つまり僕は平面世界に存在しているのだ。ああ、なんと素晴らしきことか平面世界。どうだろう、僕の横には長門有希が存在しているのである。パソコン画 面からもテレビ画面からも彼女は出てこない、何故なら僕がいるからだ。とは言ったものの、やはり僕とて長門と相成れることはないのだ。所詮世界が別なの だ。ということはこの世界こそが僕の世界であり、僕の現実なのだ。つまり二次元と三次元の間に、そんなに壁はないのだ。以上は本編とは全く関係ない、ただ の戯言である。子供が子供らしいことを言っているのだ、それが進路に不安がっていようと、子供は子供だ。小学生と大差ない。
 病気とはいえ、飯すら食べないのは、何か理由があるのだろうか。そう思い、ある日、あいつに訊いてみた。
「なあ、佐渡川。お前飯食わねーの?」
 僕がそう言うと、あいつは俺から目を逸らし、
「お腹減ってないし……
 消え去るような声で、そう言った。
 いつからだったかな、僕があいつのことを由仁歩ちゃんと呼ばなくなったのは。
 名は体を表さず、病弱、あいつは部活はおろか体育すらしなかった。夏でもブレザーを脱がず、いつも厚着。確か小学校の頃からそうだったような。ん? 小学校? あいつが咳を頻繁にしだしたのは中学の時じゃなかったっけ?
 とまあこんな馬鹿みたいなことはよして。
 さて、本題に入ろう。

 

訥弁

 

  ある日、女子の結構目立っているグループ(不良グループの次くらいに存在感がある、まあ、なんというか、もてるグループ)が「好きな子」について話して いた。僕たちも一応気になるし、教室中、そのグループが狙ったのか、静まり返っていた。男子も女子も、聞き耳という表現が使えないほど集中していた。因み にあいつはそのグループに入っている。少し期待。
「あたしはー、岡崎とか結構良くない?」と若干ヤンキー寄りの金髪パーマ、水嶋蜂子。
「私、木下君……。あ、あの三組の人ね。優しいし」と背の低めな眼鏡っ娘、曾与川静。
「私は三越だねっ。サッカー部ってのがいいよ」と女子バレー部褐色娘、大鹿佳代。
「いない」と図書委員長、倉崎沙世。
「私もぉ、いないなぁ」と巨乳の色白、若城竹子。
「私も、いないな」と佐渡川由仁歩。
 おお……いないのか。こちらを見た気がした。気のせいかもしれないが、しかし俺には嬉しかった。
「ああそうか」
 ふと携帯で確認する。今日は七日か。雪降る季節。
 いつからだったか、最近あいつと下校するのが習慣となっていた。そういった付き合いでなく、懐かしい、小学校の頃のような気持ちで。
 記憶が定く、「好きな子」の事件(?)より前だったか後だったかも思い出せないが、下校中、あいつが話を振ってきた。
「このヘアゴム、覚えてる?」
 いつぞやの昼食時の会話からは想像も付かないような笑顔で訊いてきた。
 申し訳ないが覚えているも何も記憶にないし、もしかドッキリだろうか。いや、あいつに限ってそんなことはない。
「いや、すまん。覚えてないな」
 そう答えると、あいつは「そう……」と寂しそうな顔をした。
「好きな子」事件から一週間(これはちゃんと覚えている)。
 俺はその日を聖バレンタインデーの虐殺の人しかとらえておらず、母と姉から以外それを貰ってなかったので、さして気にすらしていなかった。しかし、やはり僕以外の男子は気になるのだろう、皆朝からそわそわしていた。
 そう。今日、二月十四日はバレンタインだ。
 下駄箱にも。ロッカーにも。机にも。どこにもチョコはない――一応、探してはみるのだ。
 イベントがあろうがなかろうが、時間は過ぎていく。川村が事故に遭ったという以外、別段ニュースはなかった。国語で当てられて戸惑ったこと以外いつもと全く変わり映えのしない日常の一コマ――
 と、思っていたが。
 今日もあいつと帰っていた。が、学校を出てすぐ、家とは逆方向へ歩き出した。
「どうしたんだ? そっちは何もないぞ?」
 少し歩くと、公園があった。
「あのね、寺ノ宮」
 咳払をし、あいつは続けた。
「私さ、へへっ、あんたのこと好きになっちゃった」
 笑顔を崩さず、あいつはそう言った。
「これ、手作りなんだよ」
 そう言って、箱を手渡す――言わずもがなチョコレートだろう。
「じゃあねっ」
 あいつは行ってしまった。
 どのくらい時間が経ったのか、雪が降っていた。チョコレートが入っているであろう小箱に残ったあいつの体温が、伝わってくる。
 どうしたらいいんだろう。
 実は告白されたの、初めてなんだよなー。したこともないから、つまり彼女いない歴イコール年齢。齢十七、高校二年にして彼女なし。確かあいつ、一度噂になってたよな、生理が来ないとか。まあ、僕もその中の一員となるだけだろう。
「まあいっかー」
 幸い、あと一カ月猶予があった。
 この時点で既に、答えは決まっていたんだが、まだこの関係を楽しみたかった。

不幸しかないから幸せ

 

 由仁歩の名前に反し部活は全くしない。ソフト部にも、ハンド部にも、バスケ部にも、バレー部にも、何も入らない。せっかくユニホームのような名前なのに ――というのは関係ないか。因みに僕が挙げた部活は一例であり、僕が運動部を知らないということではない。うん。しかも適当に挙げたから、全て実在すると は限らない。非常にあやふやだ。まあとにかく、あいつは部活動をしていない――激しい運動はおろか、通常の運動すらままならないようだ。一か月、いろいろ 調べた。
 どう返事を切り出したものか。
 ひと月観察(?)して分かったのだが、あいつはピンクの汚いヘアゴムを毎日つけてきている。結ぶ場所も寸分狂わず、毎日決まって髪を後ろで束ねている。 以前噂になった彼氏とやらからのプレゼントだろうか……いや、なら何故俺に告白したんだ? あいつに限って二股なんてするはずもないし――なあ一人、どう 思う?
「ああ、ヤリチン君ね。確か佐渡川さん、一週間くらいで振ったとか、そんな噂もあったよ」
 と、数少ない友人、二見一人は語った。ふうん、付き合っていたの、もっと普通だと思っていたんだがな。まあ、あいつも遊びたい年頃なんだろう。
 さて僕がバレンタインデーのチョコレートのお返しにと買ったのは、果たしてクッキーだった。市販のだ。ええい、手作りなんて出来るか。いや、仮に俺が菓 子を作れたとしてもだな、しかしそんな恥ずかしい真似出来るわけがないだろう。……は あ、パニックの余り一人称まで変更してしまった。まあいいや。とにか く俺はクッキーを買ったのだ。数少ない友人、二見一人と選んだ。白い、とても僕には食べれそうにない甘たるそうなクッキーだ。なんたらパウダーがかかって なんたらチョコをふんだんに使用した、そうだ。食べ物に興味はない、だから適当だ。情報通だし彼女持ち出し、一人は頼りになる。
  ハート形のクッキーだ。小さいものにしようとしたが、インパクトがあった方がいいだろう、よく分からないが。ピンクの包装で赤いリボン、中には甘たるそ うなクッキー。全国一斉に二月のお返しをするその日までそれは大事に机に仕舞われていたが、今日はそれを始めて外に持ち出す。先月15日からずっと家に置 いてあったクッキー。今日はホワイトデーだ。

 

告白

 

 どきどきどきどき。この胸の高鳴りは外に漏れていないだろうかと心配していたが、誰一人突っ込まないのだ、きっと聞こえていなかったことだろう。
 僕の鞄にはクッキーが入っている。それを考えるだけで僕は死にたくなった。学校を休もうかと思ったくらいだ。ストレスだ。PTSDだ。ああ苦しい。しかし、あいつはこの気持ちとずっと向き合ってきたのだ、僕が逃げるわけにはいかない。
  付き合ってください。たった一言、そう言うだけでいいのだ。ああ、愛しい。映画やドラマのようだ、まさか僕自身にこんな出会いが訪れるとは、夢はおろか 現実でもいつでも満員御礼考えていなかった。今、遠足は準備が一番楽しいんだということを身をもって体験できた。だって今、僕は辛い。恋が辛いなんて、人 生で一番の楽しみが辛いなんて。
 ――とか何とか言って、あっという間に授業がとんとん拍子で終了し、放課後。何故今日に限って5限且つ短縮授業なんだ。ああ先生、世の中にはもてない人 がいるんです、彼らの為に今日の授業をもっと伸ばしてはくれないだろうか――と思ったところで変わるわけはなく、下校時刻を迎えていた。ああそうか、もう すぐテストだから帰りが早かったのか。
  二人は無言だった。二人とは僕とあいつである。寺ノ宮窮屈と佐渡川由仁歩だ。二人がもじもじしながらも、一緒に帰っていた。さていつ渡すかといえば至極 単純例の公園で渡すのであり、しかしあの公園までの道のりはこんなに長かったかしらん。歩けども歩けども辿り着けない。もし神なんぞといった馬鹿馬鹿しい 概念が存在するのなら、その神様仏様イエス様とやらはどうやら僕を安堵に開放してくれる算段が皆無らしい。あれ、僕ってこんな雄弁だったかな、もっと訥弁 だったような。緊張でどうすればいいのかあばば――あ、公園だ。
  ひと月前のあの時のようにベンチに座る。僕が右であいつが左。これ重要。なんてったって今回のお題小説のテーマに繋がるから。え、小説? 何言ってん だ、また錯乱している。よし落ち着け。ええと、人という字を三回、いや、三という字を人回、んん、字という回を三人? ええいまあいい、何でもいいから飲 みこめばいいのだ。葛藤しながらも口に手をあてがっていると、
 くす。
 と、あいつが笑った。何だ、こうして笑うと、普通にもてそうだな。笑ったということはつまり僕が滑稽だということか。まあいい、このクッキーを、ええ と……。神様仏様イエス様――って、そんな奴らのことなんて一寸たりとも信頼してねえよ、僕は生産者の顔が分からない野菜は買わないんだ。で、ええと、こ のクッキーを……? クッキー? ああ、今日はバレンタインだから……あれ、バレンタインはもう終わったぞ? ええいままよ、どうでもいい。僕はこんなと こに時間食われちゃ困るんだ、神様仏様イエス様、なんだっけ、ああ、このクッキーをあいつに渡せばいいのか。ええい!
「ビャレンタイン、ありがとう」
 噛んだ!
 まさかこの場面で噛むか? 恥ずかしい! うわ、あいつ、もう笑い方がくすくすじゃねえ。
「これ、ビャレンタインのお返し」
 噛んだ!
 ここ一番大切だよ? おおおい! 腹抱えてる、うわ、もうあいつ、うずくまってやがる。ベンチで丸くなってる! 笑い声漏れてる! なんだこいつ。もう可愛いとかもてるとか無縁だよ、不細工だよ。
「寺ノ内のそういうところが好き」
…………
 ん? 今何気にさらっとしれっと告白されなかったか?
「ありがと。……開けていい?」
「ああ……うん、いいよ」
 丁寧な手つきで小箱を開封する佐渡川。お、指綺麗だな。この横顔……。そうか、ふう。こいつはずっとこの気持ちを味わっていたのか。
「わあ、クッキーだ!」
 喜びを顔一面に浮かべる。こうして笑顔を見ていると、生きててよかったな、と思えてしまう。ああ畜生、可愛いなあ、もう。
 どうやらクッキーと一緒に入れておいた女子人気の高い(一人談)キャラクタの人形だか(これは店員さんのチョイス。ありがとう、佐々木さん(店員さん))も気に入ってくれたようだ。ここでごめんとか言われたら気が楽になるだろうが、しかしそこはやはり神様以下略。
「好きです。付き合ってください」
「私も大好きよ。うふ」
 僕は楽になれない運命だ。
 ひと月前から今日の朝まで穴が開くほど読んでいた雑誌にはこの先どうすればいいと書いてあったかな。もういい、なるようになっちゃえ人類。
 ズギュウウウン。
 ――なんて効果音は出ないが、キスをした。そっとあいつの右頬に手を添える。うわ、色々柔らかい。

 

無限ピカソ

 

「いつから知ってた?」
 キスを終え、最初の質問。
「いつから私が窮屈のこと好きだったか、いつから気づいてた?」
 お、地味に名前がランクアップ。いつも何も、言われるまで知らなかったんだが。
「私ね、小学校の時から好きだったの」
 小学校。こいつとの接点を思い出そうとする――何かあったか? 小学校……そういえば、マスクやヘアゴムなんかは小学生の頃――
「言っちゃいけないって言われてたけど」
 もういっか、と続ける佐渡川。
「交通事故でね、覚えてない?」
 交通事故? それにしても作者、ワンパターンだな――って作者って誰だ、若干錯乱。
「私、窮屈に突き飛ばされたの。最初嫌がらせかなーって思って。でも、私がいたところにトラックが来てたの。窮屈も一緒に飛んでって衝突はしなかったけ ど、でも、頭を何針も縫ったって。運転手さんがすぐ救急車を呼んでくれたから助かったけど――今のご時世、珍しいくらい親切だったよ。ふふ。それでね、前 後の記憶が曖昧になって、教えないでおこうってことになって――
 言われて、なんとなくフラッシュバック。ああ、ちょっぴり思い出した。少し頭痛する。
「それで私も左半身がね――
 そこで話を止める。……だから佐渡川は飯を食う時にもマスクをしてたのか――醜い傷が見られないよう。だから佐渡川はいつも長袖だったのか――汚い体を見せないため。だから佐渡川は体育に出席しなかったのか――後遺症でスポーツが出来ないから。
 こちらに体制を崩した佐渡川を支える。小さく弱々しい、華奢な体。体重が感じられない。両腕を佐渡川の背中にまわし、ぎゅっと、抱きしめる。
「僕はさ、そんなところも――全部、佐渡川のことが好きだからさ」
「馬鹿……
 そう言って、手を握る。柔らかい。温かい。
 ついでにヘアゴムのことも聞いておくか。
「えっ!? 覚えてないの? ちょっとショック」
 落胆の表情。
 何かあったけ?
「人生初のプレゼント」
 プレゼント?
「あんたがね、くれたの、小学校……一年生だったかの時」
 あ! 思い出した。捨ててあったやつ拾って渡したんだった。うわあ。
「背伸びしてお店言って買ってくれたかなって思うとさ、嬉しくて」
 うん。話を合わせても問題ないだろう。
 後日聞いた話。
 ヤリチン君との騒動は、どうやら僕の嫉妬心を煽る作戦だったようだ――まあ、それ以外にもストレスだとか好奇心だとか理由があるんだろうが、僕のためと言ってくれているんだ(?)、信じよう。
 僕とあいつが付き合ったというニュースは精々僕たちのクラス止まりだった。所詮他人の人生への影響力なんてそんなものさ。

 

思い出

 

 ぼんやりと盆栽を眺めている。僕はこんなことに興味がないと思っていたが、しかし相撲や時代劇は面白いし盆栽にも興味を持ってしまった、誰も歳には勝て ない――何十年前だったかな、そう、神様仏様イエス様、そんな得体の知れない連中でさえ歳には勝てない――と思う。よく分からないが。
 ころころと、風鈴が鳴った。
「母さん。麦茶くれんか」
 由仁歩のことを母さんと呼ぶようになったのは、果たしていつからだったかしらん。「はいはい」という声が聞こえ、昔と微々たる変化のない無垢な笑顔がこちらを覗く。
「盆栽もいいけど、お仕事もしてくださいね」
 仕事。現在僕は小説家だ。ハイカラにもパソコンを使っての執筆だ。歳のせいか、学園ものを書くと心が落ち着き、不思議な気分だ。
「それよりこんな天気のいい日は、散歩でもしないか」
 そう言って、いつものように母さんの左手をとる。柔らかい。温かい。

 

 そんな――夏の、暑い日。

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